原作・八目迷先生書き下ろし短編小説「あぜ道は夏の終わりに続いてる。」掲載
映画の好評を受け、原作「夏へのトンネル、さよならの出口」の発売記念に八目迷先生が書き下ろされた短編小説をアニメ公式サイトにて再び掲載!
※本小説は2019年7月20日に八目迷先生のnoteとガガガ編集部ログに掲載されていたものの再掲となります。
カオルとカレンの何気ない日常の一コマを切り取ったこちらの短編小説の中には、本編のネタバレはありませんので、まだ原作・映画をご覧になられていない方も安心してお読みいただけます。
原作や映画をさらに楽しむために、よければご覧ください。
八目先生、掲載許可をいただきありがとうございました!
「あぜ道は夏の終わりに続いてる。」
「お兄ちゃん! 起きて!」
元気いっぱいの甲高い声が、僕の眠りをパチンと覚ます。それと同時に、セミの鳴き声が耳に流れ込んできて、僕は朝の訪れを知る。
接着剤でくっつけたみたいな重い瞼を開けると、視界に広がるのは見慣れた天井ではなく、間近に迫ったカレンの顔だった。頭の後ろから垂れたポニーテールが僕の頬をくすぐる。
「ほらもう六時だよ! 早く行かなきゃラジオ体操に間に合わないよ~!」
「分かった分かった……起きるよ。起きるから、ベッドから降りて」
「はーい!」
カレンはベッドから飛び降りると、パタパタと駆けて僕の部屋から出て行く。その後ろ姿を見送って僕は起き上がる。勉強机の上に目をやると、夏休みの宿題である算数ドリルの横に、ラジオ体操のスタンプカードが見えた。
僕とカレンは小学生なので、夏休みの早朝に行われるラジオ体操に参加するとお菓子や鉛筆がもらえる。カレンはそれが目当てで張り切っているのだ。単に身体を動かしたいだけかもしれないけど。
スタンプカードを手に取り、部屋を出る。
母さんと父さんに「おはよう」をして、洗面所で顔を洗う。朝ごはんをカレンと一緒に済ませると、着替えてから、二人で「行ってきます」と言って家を出た。
外の空気はひんやりしていて気持ちがよかった。昼間は鬱陶しく感じる蝉しぐれも、この時間帯はどことなく穏やかに聞こえる。
しばらく国道に沿って進んだあと、道を外れてあぜ道に入った。この先にある神社でラジオ体操は行われる。
「あ! 見て見て! ギンヤンマ!」
カレンは一匹の大きなトンボを指差すと、嬉しそうにそれを追いかけ始めた。トンボ一匹で大はしゃぎするカレンが可笑しくて、僕はつい顔が綻ぶ。
そのとき、背後から強い潮風が吹いた。
田んぼが、四角く切り取られた海のように波打つ。みずみずしい稲の葉は、さわさわと音を立てて擦れ合う。僕は無意識のうちに足を止め、目の前の光景に見入っていた。
「お兄ちゃん、どしたの? 眠い?」
不思議そうに声をかけてきたカレンに、僕は「ううん」と首を振って答える。
「夏休みがずっと続けばいいのにって、そう思ってさ」
カレンは「そうだね」と言って笑った。
夏休みはもうしばらくある。八月が終わるまで毎日カレンと遊べると思うと、胸が踊った。
――明日は、カレンと何をして遊ぼうかな。 そんなことを思いながら、僕はあぜ道の先に歩を進めた。